そよ風がうんと気持ちのいい午後であったが、病床の半兵衛様には堪えるだろうと襖を閉めた。

「なぜ閉めてしまうの」
「お身体に障ります」 

半兵衛様はふうんとつまらなさそうに言った。この人は、自らが病に冒されていると知りながらまったくその気がなかった。元から痩せてはおられたが最近になってまた一段と痩せられて、肌も青白く見るからに息災ではないというのに。
わたしは半兵衛様に言いつけられて山のように書物を運んできたところだった。もうすぐ戦になるだろうと言い、書を片手に熱心に策を講じる半兵衛様であったがご出陣出来るような体調ではとてもない。

「ああ、戦もだけれど、君の行く末も考えておかねばならないね」
「は?」

半兵衛様はぱっと書物から顔を上げてやたらに嬉しそうにそう言った。この人の言うことはいつも唐突だった。

「僕が死んだら君は行く当てがないだろう?」
「…そういうことは死んでから言ってもらえませんかね」
「そうだね、君は三成くんに仕えなさい。彼はすこし変わった子だが真っ直ぐでいい子だ。仕えると言わずにいっそのこと輿入れしてもいいねえ、彼もそろそろ所帯を持ってもいいころだ」
「何を申されますか」
「僕が言うなら三成くんも断れないよ。君のような生意気な小娘は三成くんの苦手とするところだろうけどね…」
「半兵衛様」

急に饒舌になった半兵衛様を慌てて制した。半兵衛様は一瞬きょとんとされたが息をついてすぐにいつもの穏やかな表情に戻られる。

「すこし急いたかな」
「ええ、大分」
「…いずれにしろ君は今すぐ僕のもとを離れなさい」
「お断りします。なにゆえそうもわたしを追い出そうとするのです、何か粗相をしましたか」
「そういうわけではないよ」
「わたしは半兵衛様に最後までお仕えしとうございます」
「馬鹿な子、死にゆく主に仕えて何が楽しいんだい」

君は武人ではないのだから、いくらでも身の振りようがあるはずだよ。半兵衛様はわたしの閉めてしまった襖の先をぼんやりと見つめてそう言った。その姿はいまにも消えてしまいそうで、わたしはすこし身震いがした。

「君はいい子だ」
「手放すのはまだ惜しいでしょう」
「…ふふ、そうだね」

半兵衛様がわたしの髪をやさしく撫でる。こうしていられるのもあとすこしだね、と半兵衛様は言う。半兵衛様は死にたくなんてないくせに、もうじき死ぬことをよくわたしに知らしめる。それがひどく憎かった。半兵衛様の仰せなら、三成様に仕えるのも輿入れするのも構わないがわたしはまだそんな気はさらさらない。

「桃が食べたいな」
「はい、ただちに」
「でも君を離したくない」
「……」

半兵衛様はこのごろすこし我が儘になった。そしてひどくわたしに肩入れをする。半兵衛様はわたしにそっと唇を寄せて、美しく微笑まれた。そっと鼻腔をくすぐったのは、おそらくは死の匂いなのだろう。